フェルディナント・フォン・シーラッハの犯罪短編集、
「刑罰」読んだので感想を書いていきます。

ちなみに、同作者の短編集「犯罪」「罪悪」の感想も過去に書いてるので、
リンクも貼っておきます。

起きた事象を報告書のように淡白に書き連ねているのに、
行間から人生の悲哀と不条理が滲みだす例のシーラッハ節。

「行間を読まないと読み解けない」のではなく、
最低限の内面描写から「否応もなく行間を読まされる」という感じで、
「難解」とまでは言わないが、一種のハードボイルドなのかも知れない。

これは原文読めないから想像でしかないんだけど、酒寄氏の翻訳が
原著の魅力を極力損なわないようチューニングされてる気がする。
意図的な抑制を感じる。素晴らしい仕事だと思う。

好みの分かれる作風だと思うし、ある程度積極的に読み取りにいかないと
「何この話?」って首を傾げるハメになるような気がする。
必要以上に読み取りに行く俺的には大好物です。

また、本作の収録作は事情はどうあれ「犯罪者が裁かれない話」なので、
いつも以上に後味がぐんにょりしており、中々読むのに体力が要る感じ。
裁かれなかったが故に悲劇性を帯びている話が多く、
タイトル通り「刑罰」の在り方について否応もなく考えさせられる。

ただ「犯罪」の鮮烈なソリッド感や「罪悪」の湿ったダークさに比べると
良くも悪くも淡々としてる印象が残った。

以下、一篇ごとに個別に感想を。

■参審員

一篇目からいきなりもう重苦しくキツい。

ドイツの参審制については全く知らなかった。
素人が裁くことについては色々考えさせられるものがあるが、
当然「考える」だけで答えが出るものでもない。

この手の「夫婦」のエピソードは、人間関係というものの
一種の限界みたいなものが感じられて他人事ではない。
ポストイットのエピソードは「こんなんやられたらキレるなあ」と
実に腹が立つと同時に、妙な生々しさに唸った。

瞬間的に「なにもかもどうでもよくなる」というのは、
突拍子もない話だが、人生にそういう場面は確かにある。
「魔が差す」なんて安易な表現では伝わらない、蓄積が噴き出す瞬間の恐ろしさ。
そしてこの女が、なにもかもどうでもよくなった理由がまた辛い。

■逆さ

シーラッハの短編集には、この手の妙に映像的というか
映画的なのがたまに混じって、ちょっと浮いた感じで面白い。
シュレジンガーのキャラがいい具合に立っていて良い。

しかし、あの証拠ひとつでこんな劇的にひっくり返るもんかなー?
「薬莢に指紋がついてた」って記載があるんだけど、
犯人が位置を動かしてたら……とかいう話にはならないもんかな。

■青く晴れた日

また夫婦の話であり、しかも子供が死ぬ話で、なかなかのゲンナリ感がある。
「家族」という言葉を聞いたときの女の反応や、
殺害時の描写が胸が詰まるものがある。

シーラッハの短編は、割と女性がひどい目に遭うエピソード多いが、
たぶん現実問題として「女性のほうがキツい目に遭いがち」というのを
弁護士やりながら肌で感じてるんだろうなー、と勝手に想像している。

■リュディア

マイヤーベックの報復が中々の半殺し具合で、正直ちょっと笑ってしまった。
いや、笑っちゃダメなんだけど、なんか一種の爽快感があるというか。

人形に対して行われた損壊行為をパートナーへの攻撃と見做したことを、
一応は認めてもらえるだけ先進的なんじゃねーかなー、などと思った。
いやまあ、こういう判例がドイツに実在するかは知らんけど。
日本で同様の件があったらどういう裁きになるだろうか。

この話が「人形偏愛症の男がキチガイ扱いされて投獄エンド」だったら
キッツい話であるが、一応彼の愛が認められたので後味はそんなに悪くない。

■隣人

筋だけ説明するとありきたりもありきたりなんだが、
それでもスルスル読めてビクッとさせられるあたり流石の筆致。

ただ、それにしたってあんまりにあんまりな殺害シーンで、
さすがに「オォイ!」と思った。
そこに至る心情の流れとか一切描写しないのはさすがである。
あまりにもサラッとし過ぎていて、感想らしい感想が出てこないぜ。

■小男

拘置所に入ってからの振る舞いが人間味あふれていて笑う。
ああいう場所ですら、人間は権威や権勢に平伏してしまうもんなんだよなあ。
小男の自意識や顕示欲にくすくす笑っていると、最後の皮肉なオチで
ピリッとさせられる。うまいなあ。

■ダイバー

首絞めオナニーは割とよく聞く話で珍しくは無いが、
そこに臭いフェチが重なってくるのはちょっと斬新に感じた。
しかし夫が「胎脂がいっぱい付着している」というセリフを
どういう感情で言っていたか想像すると中々ゾクゾクするものがある。

多分なんか夫婦の宗教的な差異が、話の根底に横たわってそうな感じがするが
その辺詳しくないのでよく分かりませんでした。

■臭い魚

言ってしまえば、途中までは道徳の教科書的な
ごくごくありふれたエピソードなのだが……。

少年たちは裁かれず、この件のことも忘れる、という
当然といえば当然のオチで、やりきれなさだけが残る。
無垢と無慈悲が危ういバランスが端的に描かれてて良い。

■湖畔邸

ここまでも、年月が人間を大きく悪い方に変えていくエピソードが
たくさん出てきたが、その極みみたいな話である。
しかし偏屈な老人が出来上がるまでの経緯に説得力がありグッとくる。
また、珍しく伏線がスッと回収される小気味よさがあっていい。

うっかり感情移入しそうになるが、この孤独な老人のやらかした行為は
もう全く救いようもないほどに愚劣なテロだよなー。

「独白が証拠にならない」というロジックは一見筋が通っている反面、
実際のところ色んな問題を抱えているのがよく分かり頭を抱えたい気分になる。
まあ本作で出てくる判例みんなこんな感じなのだが……。

■奉仕活動

女性主人公と老弁護士のコンビが妙にキャラ立ちしていて面白い。
ただ扱われる犯罪は人身売買・売春強要と最高レベルの胸糞案件で
またしてもグッタリしてしまう。

レイプ後に小便をかけたり性器に異物を押し込むといった描写は
シーラッハの短編にたまに出てきて、それは当然作者の弁護した
「現実の犯罪」がベースにあると思うと、より一層きついものがある。
つまり、世の中ではありふれたことなのだ。
妹を人質にとった被告人の言い草もひどすぎて殺意を覚えるレベル。

「罪悪」にも似たエピソードがあったが、弁護という仕事の持つ
「業」みたいなものについて思いをはせてしまう。

■テニス

咳止めドロップを炙る具体的な手順描写が興味深くて面白かった。
ていうかまたか! またこの「意識的に、或いは無意識的に抑圧される妻」か!
いや、いいんだけども。テンションが下がるぜ!

オチはなんというか、突き抜けたような謎の爽快感があって良かった。

■友人

動機が分かりにくかったり、行間から類推するしかない感じの話が続く中、
ハッキリと何があって、何故そうなったかが明確に分かる話。
ある意味、分かりやすい悲劇と言える。

「きみに罪はない」に対してのリヒャルトの回答は、理路整然としており
それゆえに救いようがなくただひたすらに悲しい。
罪は犯していなくても、罰を受けなくてはならないという状況は確かにある。

最後の段落で、突然書き手の激情が噴き出してドキリとさせられる。
「たいていの人が、非業の死のなんたるかを知らない」というのは、
とりもなおさず、それこそが作者の一番伝えたいことなんだろう。

ドラマ性もカタルシスもない、ただ冷たく理不尽で苛烈な結末。
知らずにのほほんと暮らしている人たちを見ているだけで
傷つきイライラするような感情があったのかも知れない。
読者にできるのは、せいぜい目を背けないことぐらいだろう。

■まとめ

あーだこーだ書きましたが、やっぱシーラッハの短編集は最高やな!
「カールの降誕祭」が個人的にはちょっと微妙だったんだけど、
今作は満足度高かったです。面白かった。