吉田修一「犯罪小説集」を読んだ。

ガンガン映画化されている大ベストセラー作家であるが、氏の作品を読むのは初めて。
映画化作品も名作だらけらしいけど、重厚そうな印象から
ちょっと避けてた部分がある。重い映画見る体力がねえでな……。

この本も「なんで買ったのか」を上手く思い出せないくらい、
amazonで見かけてなんとなーく買った。買って良かったなー。

どの短編も読み進めるうちに、モデルになった事件が
おおよそ分かるくらい、事件の「枠組み」は現実のものに似ているが、
そこに描写が寄り掛かっているわけでは全くない。

物語というより、淡々と事実を著述するような文体で、
短編の終わりに大オチがドーン、謎解きがバーンみたいな
分かりやすいエンタメ性は薄い。

ただ、このフッと終わってしばらく考えさせられる後味は、
まさに短編の醍醐味。大人の読み物って感じで大好き。
人によってはこの後味を「モヤモヤしたまま終わってイヤ!」って
感じるかも知れねーなー。実際そういう感想をネット上でよく見かけた。

犯人の内面描写を掘り下げないところが良いなーと思う。
動機をツラツラ書かれると、どんどん安っぽくなるからなあ。

全然ダレるシーンもなく、飽きっぽい俺が最後まで
スルスルスルスル読めたので、物凄い筆力の成せる技なんだと思う。

以下、一篇ごとに感想を。ネタバレなので注意。

「青田Y字路」

幼女誘拐事件から十年後の片田舎を舞台に、外国人差別やら
何やらヘコむ要素盛り沢山のキッツい話からスタート。

冒頭からビジュアルが目に浮かぶような描写が続いて、
一瞬で世界に引きずり込まれ、テンポのいい展開やら
気の利いた比喩やらであれよあれよとラストまで運ばれる。

集団心理の怖さ描写もさることながら、なによりも
異分子として幼少期から扱われていた豪士の回想シーンが胸に来る。
そして迎える本当に目も当てられない、あんまりにあんまりな結末よ。

十年前に戻るラストシーンの視点の扱いがトリッキーでちょっと驚いた。

「曼珠姫午睡」

比較的、常識人の目線で動くので落ち着いて読める短編。
とはいえ微妙に鼻持ちならない女って感じもあるが、
そういうとこが妙に生々しくて面白い。

殺人犯本人の主観視点や、回想でない時間軸の描写が無くて、
内面を想像するしかないところがハードボイルドで良い。
ハードボイルドなんかは知らんけども。

殺人犯の人生のアウトラインをただなぞるだけなら、
ウィキペディアでも読んでるような軽い読み味になるところを、
いかにもありそうな生々しいエピソードで厚みを出している。

「魔性の女」というありきたりなフレーズで語りきれない、
人間の業というものを浮き上がらせている。

ゆう子が「英里子」を名乗った理由に思いを馳せると、複雑な気分になるなー。
「自分の好きなことがぜんぶ水商売の中にある」というフレーズが強く印象に残った。
あと「多幸感と幸せを混同してはいけない」という言葉は、
最近俺が良く感じている「快楽と幸福は違う」に近くて、読みながら首肯した。

最後の英里子の言葉はこの短編の締めに相応しく、それ故に
本作の中でも一番「まとまってる」感が強い一遍だと思った。

「百家楽餓鬼」

すげえタイトルセンスだ。歌舞伎調ってことだろうか。
類似の案件があんまり聞かないため、一番「モデルになった事件」がハッキリわかる作品。

とはいえ「いけすかないボンボンが身を持ち崩す」みたいな
通り一遍の解釈でないところが大変好ましい。
むしろ、それなりに真っ当な価値観の持ち主として描かれている。
「金持ち家族」についても同様でステレオタイプでない描写が多い。
それゆえに「何故こんな真っ当な感性の持ち主がああなるのか」に思いを馳せてしまう。

貧乏人の余裕のなさや、イキッて小銭を捨てる友人を
見下したり軽蔑するでもなく観察する子供時代のエピソードがいちいち面白い。
自分が「監視カメラになる」という立場は、想像するだに窮屈であるが、
持てる者の義務なんだろうなー、と永遠に持たざる者の俺は適当な感想を抱く。

親友との飲みのシーンは、まあよくある話っちゃ話なんだろうけど、
やっぱり胸を締め付けられるような感覚があってキツかった。

人の死ぬ話ではないし、モデルになった事件でも
やらかした人は懲役四年でしかももう出所してるんだけど、
それでもやっぱりこのオチはじんわり嫌な後味が残るなー。

「万屋善次郎」

こちらはかなり、現実の事件に近いプロットの短編。
ムラ社会描写が非常に苦手なのは、俺が田舎の生まれだからだろうか。
連合赤軍のベース事件とかオウム真理教とかのイメージもあって、
「狭い社会の閉塞感」ってのがなんか嫌なのよね。

ザックリ言えば「すごくいい流れになりそうだった集落が
掛け違いで崩壊していく話」なので当然のように後味は最悪である。
死人もメッチャ多いし。

犯人の動機というか、どのように精神が壊れていったかは想像するしかないが、
閉塞した状況下で一人追い込まれることの恐ろしさが身に沁みる。

モデルになった事件のほうでは、もともと犯人の人格にも若干アレなとこがあるんだけど、
本作の善次郎は明らかに「根はいい人」として描かれており、一方で被害者も
特段悪いわけではないため、まるで救いも逃げ場もない話として構成されている。
理解者に近い老婆も殺されているのがまたつらい話。

映像的なラストシーンと、最後の一行がものすごく印象に残った。犬かわいそう。

「白球白蛇伝」

栄光に包まれた野球選手が転落する話として、こちらはある意味、
ステレオタイプに近い描写であるが、具体的なエピソードによって
外側が掘られていくにつれその人物像が浮かび上がってくる筆致がすごい。

「コレ絶対あとあと酷いことになるな」と分かったうえで、
栄光に浴する男のエピソードを読むのは、実に嫌らしい愉悦がある。
「見栄を張る」という行為が単に自分のためだけではないのが切ないトコよなー。

とかく、この人間関係や人格の「振れ幅」こそが興味深く面白い。
(まあこれは全部の短編に言えることだけども)

ただちょっとタイトルにある「白蛇」との絡ませ方が
ちょっと浮いてたような印象が残った。
この話もラストシーンが可哀想で可哀想で見てられない描写である。

まとめ。

タイトルに惹かれてなんとなーく買った本ではあったものの、
最初から最後までグイグイ読まされて満足感も大きかったです。
ただ人にはちょっと薦めにくい作品ではあるなー。

「後味が悪い」ってだけで人を選ぶんだけど、それ以上に
「この話は何を伝えたいの? 何を感じ取ればいいの?」というのが
ある程度読書経験が無いと分かりにくいかも知れない。

映画化もされるらしいのでちょっとチェックしておこうかしら。
綾野剛かー。