第一節

アスファルトの上に、ピンク色の太い「縄」が散らばり、
日差しを受けてきらきらと輝いていた。

「スイカ割りを思い出すなあ」
そのビビットな色合いに驚いて、御厨は思わず声をあげる。
人間の体内に、あんなカラフルな物が納まっていたとは信じがたかった。

五メートルほど向こうに、小腸を丸ごと排出した男が転がっている。
即死はしなかったようで、呻き声がわずかに聞こえた。

御厨は小首を傾げて「どうしたの?」と男に尋ねる。

「――腹を割って話そう、って言ったのはお前だろ?」
彼はそう付け加えると、口の端を引きつらせるようにして笑った。

「県道101号線」という六角形の標識から、ぼたぼたと血液が地面に垂れている。
標識の上に、男の内臓の一部が器用に乗っていたので、「ナイス着地」と御厨は笑った。

周囲に人気は無く、雀の鳴き声がわずかに聞こえる以外は静かだった。
薄着のまま出てきてしまったが、寒さは感じない。
気持ちのいい日だな、と彼は思う。

頬から顎にかけてびっしりと蓄えられた髭を指でつまみながら、
御厨は空を仰ぎ、「外の空気最高!」と吼えた。
感情に呼応したかのように雑木が揺れる。

下手なタップダンスにも地団駄にも見えるような妙なリズムで
足を踏み鳴らしてから、彼はくるりと180度ターンをした。
そしてそこで、彼は異常に気付く。

――漢字の「危」が宙に浮いていた。

空間に浮かぶ薄いモニターに投影されているかのような「文字」。
どう見ても、それは「危」だった。
大きさは1メートルほどだろうか。

困惑しながらも彼は(明朝体だ)と、どうでもいいことを思った。

彼はゆっくり文字に向かって歩くと、そっとそれに触れようとする。
不可思議に出くわした人間がとる、当たり前の動作であった。

彼の指先は、何の抵抗も無く「危」を突き抜ける。

御厨はふと、子供のころに遊んだテレビゲームのことを思い出した。
ゲーム機本体に異常があったりすると、画面が突如おかしな色になったり
無秩序に文字や数字が画面上にあふれ出す奇妙な現象が良く起こった。
世界が「バグッた」かのような錯覚。

「危」の文字は、御厨に触れられてから数秒後、点滅し音もなく消えた。
その瞬間、御厨は文字の遥か向こうにある異変に気付く。

地面から1メートルほどの高さに、軽自動車が浮かんでいた。
車体は30度ほど左に傾いており、何故かウインカーが点滅している。
タイヤは回転しておらず、運転席に人影はない。

車はピッチングマシーンから放たれたボールのような速度で
御厨に向かって飛んできていた。

「避けなくては」と御厨は思ったが、その意識が筋肉を動かすより先に
彼の肉体に自動車が接触した。
華奢な体がボーリングのピンのように宙を舞い、小腸の無い男の真上に覆いかぶさるように落下する。

御厨を撥ね飛ばした自動車は、そのまま地面と水平に十メートルほど高速移動してから、
くるりと縦に180度回転して天地逆に地面に落ちた。がしゃん、と大きな音が鳴る。

主要な臓器と骨を損傷して意識を失いかけていた御厨だったが、
それでも自分が「何によって攻撃されたか」だけは理解していた。

――魔法だ。

理解と同時に、衝撃もあった。
あのサイズと重量の物体を、あの速度で動かせる人間が――俺の他にいるなんて。

ぼやけた景色の中、サングラスをかけた壮年の男が近付いてくるのが分かった。
半袖から伸びる日焼けした腕に、見覚えのあるタトゥーが入っている。
その男が何者か、御厨には分からない。

ただ、一つだけ明白なことがあった。

この男は――童貞だ。俺と同じく。

(第二節に続く)(続かない)