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陰影が強いせいか、なんとも言えず暗い印象のある表紙だな……。
まあ物語的に没落期なので仕方が無いところはあるか。
というか「覇道進撃」ってタイトルがだいぶ中身と齟齬があるぜ。

発売されたことに一週間気付かず、慌てて本屋に買いに行きました。
デカめの本屋に一冊しか置いてなくて焦ったぜ。

ということで、待望のナポレオン新刊出たので感想書いていきます。
(前巻の感想はこちらから)
よろしくどうぞ。

22巻はナポレオンがエルバ島に渡った直後から。
まずダヴーのハンブルク防衛戦。
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皇帝が敗れ島流しにあってもなお皇帝の命に従い戦い続けるダヴーだが、
古代中国の名将みたいな「忠臣」の美しさは薄い。
厳格・厳密に任務をこなす姿は良くも悪くも機械的――非人間的である。
文字通りの「鉄の男」という感じだ。

ただ、色々なかたちで心身を変化させていった他の登場人物達に比べると、
本当に序盤から一貫したキャラクターなのは好感が持てる。
読み切りの「禿鬼」の頃からホントにブレてない、力強い狂人ぶり。

ハンブルク籠城は、書籍とかでは「孤立しながらも一か月守り抜いた」って
サラリと一行で表現されるようなイベントなんだけど、
実際の細かいディティールを見ると、いかにムチャだったのかが分かる。
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補給の無い孤立した軍において兵の士気を維持するのも異常だし、
民衆の扱い方の容赦なさも、マジで無情極まりなく水際立っている。
「ハンブルクの人口は半減した」というサラッとしたナレーションが怖すぎる。
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それから、ジョセフィーヌの最後。
物語前半からずーーーっと陽気なキャラクターで作品全体を明るく照らす
存在だっただけに寂しいものがあるな……。

なんか「ちょこっとアレクサンドルと交流があって、風邪ひいて死んだ」程度の
知識しかなかったんだけど、しっかり掘り下げられていてグッときました。

ジョセフィーヌの持って生まれた魅力でもある「生命力」が
アレクサンドルに大きな示唆を与える――というのはいいよなあ。

アレクサンドル1世は、理想主義がボッキリ折れて一気に保守的になり
最終的には退廃的にすらなっていく不思議な男なんだけど、そのベースに
ジョセフィーヌが影響を与えるというのは面白い解釈だ。

また、ジョセフィーヌ逝去の演出自体は、エモーショナルに盛り上げたりしないで
「唐突に死んだ」という描写なのがまた憎いところだ。
(まあ実際ホントに唐突な死だったみたいだけども)

最後の言葉や、ナポレオンへの想いがもうちょっと描かれても良かったかな~、
と思わなくもないが、ページ数的に厳しいよな。

そして彼女の死の報を受けたナポレオンのリアクション。
こちらもナポレオンのエモーションを全く描写しない。
敢えてこういう描き方するのは唸らされたな……!
彼の悲嘆をこれ以上描くのもバランス悪いし、絶妙の匙加減だ。
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マリー・ルイーズと純潔教育。
この「意味あるのかなぁ」は笑った。
皇族とかがたまにすっごいフランクな口調になるの面白くて好き。

「子供にやたら冷淡」「イケメンにコロッとなびいた」という2点で
なんだか好感度がどうしても低くなってしまうマリー・ルイーズだが、
本作では彼女がどうしてそうなったかについて理由付けがしっかり
為されていて素晴らしいなと思った。

ランヌの嫁さんの暗躍が細かく挟まっていてホント芸が細かい。
(史実では復讐心ってより、もっと利己的な人物だったみたいだけど)

マリー・ルイーズ自体は責任感も情もあるっちゃあるのだが……、
「ナポレオンがエルバ島に愛人連れ込んでる」という情報も
彼女の耳に入ってただろうし、責めるには酷なのかも知れん。

「純潔教育」をその原因とする描き方も分かりやすい物語化で素晴らしい。
あのキスシーンを「塗りつぶす」演出もキレキレで凄く良かったな!
長谷川先生、王道なようで結構トリッキーな演出を取り入れるよな。
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どうでもいいけど、マリー・ルイーズは顔の作画が安定してないというか
常にディフォルメが異常に極端な気がする(泣き顔が顕著)。
描きにくい顔なんじゃなかろうか。

しかし本当に、ナイペルク伯が全力でマリー・ルイーズを口説き落としたことが
歴史を大きく変えたんだろうな……。
憎い相手の愛する妻を寝取るの、どんな気分だったのか想像も出来ないが……。

まあなんか最終的にマリー・ルイーズ五回も妊娠したらしいので、
なんだかんだでラブラブカップルだったのかも知れんね。

NTRで歴史に名を残すかたちになったナイペルク伯だけど、
やっぱ隻眼はキャラが立ってていい。つーかこの人、肖像画の時点で
漫画みたいなオシャレ眼帯で笑っちゃうんだよな。

いきなり15年時系列が飛んで、ライヒシュタット公の言葉で結ばれるのも、
ダイナミックな表現で好きだな……。老いたメッテルニヒの描写も良い。
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ルイ18世とタレーラン。

タレーランが後年ボロカスに言うルイ18世。
見た目は醜悪で、革命で追放されてなお全く変わりない傲慢さを持つのだが、
それでいて独特の聡明さと人心掌握術を持つという一筋縄ではいかない男である。
作中でも「見た目で損してる」と言及される。

コイツがクッソ無能な暴君だったり傀儡だったりすれば分かりやすいのだが、
そう簡単じゃないあたり歴史というのはまことに面白い。

あとルイ18世に媚びるベルティエとネイの姿も見苦しくてよかったなー。
この後、ベルティエの最後も描かれるんだろうな……。
どんな演出がされるだろうか。
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あとマルモンの苦悩が描かれたのは良かったなー。
「胸を張れない」のあのくだりが最後で、もう登場しないのかと思ってたので。
まあ、今後出てきても救いはないと思うけども……。

マルモンはナポレオン没後30年以上も生きるのに晩年は全く事績がないんだよな。
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それからナポレオンのエルバ島統治。

根っからの「統治者」であるナポレオンは、エルバ島でも相変わらず。
ヨーロッパ全体を見ていた皇帝陛下が、この小島の内政に
フルパワーで暴れまわるの、なんともいえない高揚感があるよな。
(エルバ島かなりデカいので、小島は言い過ぎか)

「もしエルバ島にマリー・ルイーズとローマ王が来て、キチンと年金も払われてたら
 そのまま有能なエルバ島領主として生涯を過ごしたかも知れない」という説があって、
個人的には「そうなってたら幸せな晩年だったのかなあ?」と複雑な気持ちになる。
まあ本作で語られる通り、拉致や暗殺リスクも相当デカいからどのみち無理か。

共和主義者ポンとのエピソードは全く知らなかったので面白かったなー!
こんな人が居たのか。……史実人物だよね?(調べても出てこなかった)

「あんたは男だ」というセリフが再び出てきたのは嬉しかったな。
ここに限らず、この22巻では「師と呼んでもらって構わんよ」とか
墓の前で一人語るフーシェとか、懐かしいノリが散見されて嬉しくなる。
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マリア・ヴァレフスカ。
絵的にもすっごい「美女」として描かれていて良いな。

「父を戦争で失い貧困に~46歳上の老人の嫁に~ちょっとした初恋も許されず~
 ナポレオンの現地妻に差し出されて妊娠~以降ナポを一途に愛するが報われず~
 31歳で病死」という、ウィキペディアでその生涯をざっくり触れるだけで
涙が出そうになるくらいの「悲劇の美女」である。

ジョセフィーヌやナポレオンの兄妹達からも嫌われなかったらしく、
本質的に優しい女性だったんだろうな……というのが悲劇性を際立たせる。
報われぬ愛に生きた人、と言えば聞こえはいいのだが……。
息子に酷評されるマリー・ルイーズとは対照的な存在と言えるかも知れない。

彼女のナポレオンとの庶子が、後々ナポレオン三世に仕えることが
かろうじて救い……ではあるんだろうか?

ナポレオンが一瞬「これがマリー・ルイーズとローマ王だったら」って考えちゃうの
自分でも自省していたが「お前、ふざけんなオイ!」ってなるよな。
マリアを引き止めて一緒にエルバ島で幸せに暮らす未来があればなあ……。
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のちに歴史に名を残す「酒保のマリ」がここで登場。
どことなく「へうげもの」味がある。

ワーテルローにおけるカンブロンヌの最後に関わってくるだろうな……と
勝手に思ってたんだけど、よくよく調べたらカンブロンヌって別に
ワーテルローで死ぬわけじゃないんだな。勘違いしていた。
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ミシェル・ネイの逡巡。この人もなかなか半端者ではあるな……。
デュポンとのやりとりがあるのは良かったな。

ネイはこの後「再び鞍替えしてナポレオン旗下に戻ったうえで
戦場で無能を晒して最終的には処刑」というひどい晩節の汚し方をするのだが、
長谷川先生は通り一遍の表現はしないだろうしワーテルローが楽しみだ。

あと、久し振りに「戦争」ではない生身の格闘アクションシーンがあって
往年のノリが感じられて良かった。
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会議は踊る。

ここの政治的グダグダは詳述してたらキリが無いところだろうけど、
「タレーランに手玉に取られる戦勝国」という大きな流れをキッチリ分かりやすく
漫画として面白くまとめていて、さすがの手腕に痺れる。

実際、タレーランが「小国の権利代表者」みたいなムーブで
フランス国境・国益をガッチリ守り抜いたのは超人的なんだよな……。
本当に傑物、ナポレオン以上の怪物って印象がある。

そして、ナポレオンはエルバ島を脱出する。
そこに至るまでの背景をスパッと表現しているのが美しい。
ちゃんとスパイ情報が偏向していることを察するナポの犀利さが嬉しいよね。
あとサリエリの名前が出てきたの、ちょっとグッときたな。

このエルバ島脱出を利用して、タレーランは踊る会議を一刀両断する。
そこも描かれるだろうなー。楽しみだ。

22巻全体の感想として、久しぶりに「知らないディティール」が作中に
詰め込まれていて非常に興味深く楽しめた。

20~21巻あたりだと結構個人的に知ってるエピソードが連続してたこともあり
すごく新鮮で面白く感じた。
あとやっぱ戦争してないほうが面白いくだりが多い、というのはあるな。
「戦争描写」はあまりにもここまで膨大に積み重ねてきているので。

それと、ここ数巻、背景フニャフニャだったり人物の線がヨレてたりと
失礼ながらちょっと絵がヘタって来てるような印象があったんだけど、
22巻はしっかり持ち直してて嬉しかったな……。

昔の北斗の拳みたいな画風を望んでる人は不満かも知れないが、
個人的には今の画風読みやすくて好き。

ここから先はもう「エルバ島脱出~ワーテルロー~セントヘレナ」しか
イベントが残ってないわけだけど、単行本としては何冊分くらいになるのかな。
23巻で「脱出~復位~内政パート」、24巻で「ワーテルロー本戦」くらいの
バランスになるのかしら。そうなると25巻完結とかが現実的なのかな。

センゴクも完結して、大好きな歴史漫画が終わっていく寂しさがあるが
まあ言うても数年後だし、どうあれ最後まで突っ走って欲しいな。
次の巻も楽しみです。スゲー面白かった。