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待望のナポレオン新刊出たので感想書いていきます。
今回の表紙はネイか……ある意味最後の見せ場なわけだ。迫力あって素晴らしい。

(前巻の感想はこちらからです)
よろしくどうぞ。

■ワーテルローの落日

24巻の感想で「このじっくり具合だと、あと単行本二冊分くらい
ワーテルローが続きそうな気がする」と書いたんですが、
そんなこともなく25巻の最初の方でワーテルローは終戦。

かの(悪い意味で)有名なネイの騎兵突撃が行われる。

「体勢を整えようとした敵を退却と見間違えた」と良く言われるが、
負傷兵と空弾薬の運搬を誤認したというディティールは初めて知ったなー。

ここに来て、本作を象徴する喊声、「大陸軍は地上最強」が来るのは泣ける。
恐らくこの作品内最後になるだろうな……。それが致命的な失敗というのがまた切ない。

あと「騎兵単体では砲を潰せない」という細かい戦術上の問題点がキッチリ描かれてて、
こういう細かい情報が流れを止めずに織り込まれてるのが本作の美点だよなーと。

「ミュラなら勝てただろう」とナポレオンは言うが、さすがにここから
戦の趨勢自体を巻き返すことは誰にも不可能だったろうなーと思う。
ただミュラならやりかねない感じがするのが恐ろしい。
アイツ馬に乗ってると本当にメチャクチャだからな……。

ナポレオンがワンチャン大博打に成功してワーテルローで大勝利してたとしたら、
その後の世界情勢はもっともっと混沌としたんだろうか。想像し難いものがある。
その場合、より多くの血が流れてたことだけは疑いようもないが。

そして、ここでナポレオンの前にランヌの幻影が現れ「9歳の子供の見た夢」の
果てが来たことを彼に知らしめる。
ナポレオンに敗北を告げるにはこれ以上ない配役ではあるが、
思えばミュラの前にも出てきてたし、ちょっとした死神みたいになってるな。

そして、これまで名だたるネームドキャラクターを無慈悲に射殺してきた
ビクトルの「狙撃」が、ここにきてウェリントンに当たらないのが実に象徴的だ。
というかちょっと史実人物を殺し過ぎだよなビクトル。
「なんか偉そうなヤツいた」⇒パァン! を何回やったんだアイツは。
ネルソンの死にも間接的に関与してるからな。

伝説の近衛古参兵が破れ、ワーテルローの勝敗が「確定」する。
漫画のなかでも散々「最強」として描かれた彼らの敗北だからこそ、
ちゃんと説得力とインパクトがある。

ウェリントンがブリュッヘルに対して抱いていた「老害」という印象を撤回するシーンは
もうちょっとドラマティックに描いてほしかったなという気持ちもあるが、
これはまあ俺の好みだな。価値観や他人に対する評価が反転する瞬間が好きなんだよな。

あとカンブロンヌの恋愛至上主義疑惑が伏線になってたのは笑ってしまったなー。
エピソード的に「お前死なないのかよ」ってポジションだが史実だからしょうがない。
俺もウィキペディアで読んで「あ、コイツ死ななかったのか」ってビックリしたよ。

「ワーテルローの敗因」としてのみ歴史に名を残したグルーシーだが、
最後にいいとこを見せて、決して無能でも臆病でもないところを証明する。
ここでちゃんと見せ場をあげるところが長谷川先生の通り一遍の描写にとどまらせない
作劇のテクニックであり、優しさでもあると思う。
そのうえで「生涯言い訳をしながら生きることになる」という評がまたシビアだ。

でも実際、グルーシーがパリに連れ帰った無傷の将兵が、後々連合軍を
パリに雪崩込ませない抑止力にもなったらしいし、ヘタにワーテルローで活躍してたら
余計に戦争を長引かせ流血を増やしていたかも分からん。

それから、ナポレオンとミシェル・ネイの最後の対話。
ここはしっかりと情感を込めて描かれていてスゲー良かったな。

悲惨極まる敗戦のあとでも「決して失われないものがある」という前向きさで、
ネイだけでなく読者も下がったテンションを取り戻すことが出来る名シーン。
この後、この二人には毒殺と処刑が待っているわけだが、それでも彼らは世に「伝説」を残す。
猪武者であり愚か者であり悪党でもあるが、それでもネイの本質は「勇者」なんだなと。

そして、ウィーン会議のタレーラン無双のように、ここでフーシェ無双が始まる。
本当に短期間だが、フーシェが人生最大に輝く瞬間である。その輝きのなんと陰湿なことか。

ラファイエット将軍は、正直歴史書を読んでても「今更お前なんだよ」「誰なんだよ」って
感じなので、漫画上ではもうそれをネタにするこのバランスがちょうどよかったと思う。
短い出番でもちゃんと無私の聖人としてキャラクターが立っていて素晴らしい。
「スポット登板」に相応しい人間性だと思う。この人がトップだとヤバいだろうし。

ナポレオンがフーシェに退位宣言書を渡すシーンは「情念戦争」ですごく印象的に描かれていて、
漫画でどんな演出されるかなーと思ってたんだけど、実にフーシェらしくて良かったなあ。
ここにきてロベスピエール処刑時の回想が入るのが愉快。これが彼の本質だ。
あとカルノーからの権力奪取が2ページでサクッと済ませられてて笑った。

そしてついにダヴーまでもが明確に皇帝を見放す。
ここはちょっと読んでてショックだったな……。

ナポレオンに対し価値ある進言・提言を何度もしたのに却下され、それでもなお
彼のことを「私など及びもつかぬ軍神」と崇拝していたので、
「皇帝に対して信仰に近い忠誠心を抱いている」というイメージがあった。

ただ「ナポレオンが以前のままだったらどんな命令でも従っただろう」というモノローグ的に
単純に判断力の低下というより「力なき者に王は務まらない」というニュアンスなのか。
彼が守りたいのはあくまでもフランス国体であり、自分の上に立つべき「力ある君主」を
常に求めているというわけか。本当にこの人だけはブレないよな……。
本作中、色んなキャラが色んな変節やら変化を見せていくなか、ダヴーはあの
読み切り「禿鬼」のころから一貫して半狂人の印象のままである。

どうあれダヴー最後の戦いが終わり、いよいよこの長い長い物語にも終わりが近づいている。
あとはもうアメリカ亡命に失敗してセントヘレナに行くくらいしかないもんなあ。
26巻が最終巻になるのか。まあ単行本二冊分はもうエピソードないもんな。

出来ればネイ・ミュラ・ダヴー・スルト・フーシェ・タレーランあたりの主要キャラの
その後も合わせて描かれたら嬉しいな~と思っている。
まあ大抵あんまりハッピーじゃない「その後」になるんだけど。

どうあれ最後までお付き合いさせていただきたいな。次巻が楽しみだ。