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半年ぶり、待望のナポレオン新刊出たので感想書いていきます。

表紙はナポレオン。本作においてトレードマークだったサングラスを外している。
何かの終わりを告げる、象徴的意味があるように勘ぐってしまうな。

(前巻の感想はこちらからです)
よろしくどうぞ。

■感想の前に

ネットで「完結まで残り五話!」みたいの見かけたりしていたので、
完全にこの26巻で完結するものとして読み始めました。
そもそもワーテルロー終わってから二冊も描くエピソードなんてそんなにないだろうし。

「ああ、これで終わりかあ……一番楽しみなマンガが終わっちゃうな、寂しいな」と
ものすごく感傷的な気持ちがこみあげる。
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で、いざ購入したらなんか単行本の帯に「ついに完結!」みたいな文言もないし、
なんか変だな~って思いながら読み進めて、結論から言うと終わってなかった。
残り20ページくらいのとこで「いやこれ終わんねえぞ!」ってビックリしたよ。

いやまあ、俺が勝手に勘違いしただけなんだけど。

あとがき読む限り、どうやら編集部の意向で単行本一冊分連載が伸びたらしい。
勿論、ただの引き伸ばしではなく、ちゃんと作品のクオリティを底上げする判断で
素晴らしいなと思いました。もう一冊読めるのホント嬉しい。心底。

■26巻感想

26巻は前巻に引き続き(というかロシア遠征からずっとだけど)ナポレオン帝国の
「破滅の美」が描かれる。ある意味、ここがナポレオン作品の「華」だよな。

栄光と破滅がセットだからこそ「何故そうなったか」を掘り下げるのが興味深く、
絶頂期と転落の対比が美しく映え、ナポレオンの物語は面白い。

ロシア遠征突入くらいのタイミングで「覇道進撃」からまたタイトル変えたら
良かったのにな、と思ったこともあるが、ナポレオンはある意味最後まで変わらず
己の覇道を進撃していくので、本作はこれでいいのかな、と考えを改めた。

時系列としてはフーシェの権力奪取から追放まで。
本巻で完結だったらサラッと流されてたであろう部分もしっかりと
尺を使って描写されてて大変うれしい。

まずルイ18世に直言するタレーラン。
「何も忘れず何も学ばない」とまで言われるだけあって、本当に貴族は
戯画的なまでに硬直した思考を崩さない。

現代人の俺達からするとコントじみているが、そういう社会に産まれ育てば
こんな感じにもなるんだろうなあと。まして年齢も年齢だ。
まあ体面上は平等を是としている現代日本に産まれ育ってもなお
特権意識が体から抜けない人間だって沢山いるわけで、この時代では仕方ない。

そんな貴族の中にあってなお、ルイ18世は独特の、なんというか
「奇怪な聡明さ」みたいなものを見せる。

なんか浮世離れしてそうでいて妙に現実主義的でもあるというか、
なんだろ、一言で評し難い不可解な「怪物」である。

この人以降のフランス君主が軒並み失脚していったことを考えると、
なんだかんだサバイバル能力に長けた王だったと言えるのかも知れない。
あのフーシェとタレーランの二人を追い払えたのも、実績として凄いことではあるし。

ナポさんは「ルイ16世から実直さを引き、機知を足したもの」と評したそうだが、
確かに実直さとはおよそ程遠い人格だ。
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それからかの有名な「悪徳が犯罪に支えられて入ってきた」のシーン。
ひどい言い草ではあるが、まあ実際そうだから仕方ないよな。

しかし改めて本作のフーシェ、本当に人間臭いよな。
フーシェをこんな人間味溢れる描き方した作品なかなか無いんじゃなかろうか。

冷徹非情で陰険な策謀家・陰謀家であるのは当然なんだけど、ピンチに怯え汗をかき
妻子を愛し船酔いになり変装をして銃を撃ち虐殺に手を染め……と
とにかくカメレオンのイメージとかけ離れた感情と感傷を見せる。
ジョセフィーヌに「いい皇后だった」と断言するシーンの謎の熱さも好き。

「フーシェに対する嫌悪感をこらえるルイ18世」というシーン、
あんまり見かけないので面白かったな。
フーシェの顔がキモく描かれてて「顔がキモい」という意味の嫌悪感みたいに
見えちゃうけど、そりゃルイ18世からしたらこの男を好ましく思えるはずもない。

それから、フラオー将軍がわざわざ出てくるのは、「タレーランとナポレオンの関わり」を
強調する狙いからだろうか。袂を分かちつつも、不思議な繋がりが残ったという。

なんとなく、この物語を締めくくるのはタレーランなんじゃないかという
気すらしているので、ここの関係性がキッチリ説明されるのは嬉しい。
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マリア・ヴァレフスカとは、なんかエルバ島でのやりとりが永遠の別れだと
勘違いしていたので「あ、ここで再会するんだ」と思ってしまった。

しかし悲劇の女性であることには変わりない。
彼女は最終的にセントヘレナに連れて行ってもらうことも出来なくて
このあと2年後とかに死んじゃうんだよな。悲しい。

あと関係ないけど、ジョセフがちょっといいとこ見せるの良かったな。
リュシアンにせよジョセフにせよ「ナポレオンの無能な兄弟」と
バッサリ切り捨てきれない輝きを放つシーンがちょこちょこあるよな。
無能な部分がクリティカルに無能だから目立っちゃうんだけども。
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最後の最後、ここにきて架空の視点人物であるビクトルがついに
「ナポレオンの物語」と交差する。これはグッときたなあ……。

いや、直接対話するシーンは過去にもあるんだけど、ナポレオン個人に対して
影響を与えるというか、ハッキリとビクトルが物語に関与する感じがして
得も言われぬ高揚感があった。

この物語におけるナポさんのトレードマークであるサングラスは、
ある意味「長谷川ナポレオン」という寓話の象徴でもあり、
それをビクトルが継承していくのが泣ける。
1コマだけ出てきたジジイビクトルが異常にシブくて最高だったな。

そしてグラサンを外したナポさんは「マンガのキャラクター」から
「歴史上の英雄」であるナポレオンになっていく……という。

あとダヴーの「早く出ていけ」がある種の情けでもあったのでは、という
類推も味わい深かったな。
そうである気もするし、でもフランスの害になるから出ていけというのも
本心ではあるのだろうな。
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それから、勇者の中の勇者ミシェル・ネイの処刑。

マッセナはもう登場しないと思っていたので、また顔が見れて大変嬉しかった。
そして、老いたオージュローとマッセナの述懐のシーンが実にいい。
たった2ページだが泣けてしまうぜ。

ただ史実だとオージュローは1816年、マッセナが1817年逝去だから
ネイの処刑から一年も経ってないはずなんだよな。
そう考えるとちょっと老けこみ過ぎてるかも知れない。

スールトとマルモン、ジョミニもちょこっと出てきて、それぞれの反応を見せる。
ナポレオン麾下の名将たちのその後がこんなに丁寧に描写されるのも、
完結が伸びたおかげだなと思う。それがしみじみ嬉しい。
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ミュラの処刑の無様さ、実に彼らしくていいなあと思う。

怯えたり命乞いしたりするような情けなさは見せないんだけど、
「顔を撃つな」とカッコつけておいて普通に撃たれるのが実に良い。
本当に最後の最後までランヌに煽られてて笑ってしまった。

短慮でどーしよーもない奴だが憎めない、という点は一貫していたし
ナポレオンの述懐も「裏切りに激怒しつつも個人的には嫌いになれない」という
感傷が垣間見えてよかったな。

というか、ナポさんはミュラの人柄は愛してたけど、ネイには割と辛辣なんだよな。
ネイに対して使った「悪党」という言葉のチョイスがどういう意味合いだったのか、
そもそも邦訳によりニュアンスが変わってるかも知れないから尚更分からない。

それとカロリーヌとメッテルニヒの会話シークエンスも実に味わい深くて良かった。
カロリーヌはこのあとメッテルニヒの言葉とおり野心を見せず静かに暮らすんだけど、
総合的に見れば「野心に見合うほどの実力はなかった悪女」ということにはなるなあ。

確か、落魄したフーシェとトリエステで再会するんだよな。そのへん描かれるかなあ。
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それから、かなり初期からずーっと出番のあったスタール夫人の退場。
ナポレオンへの屈折した愛情がしっかりと描き切られていてとても良かったなー。
「恐れられること」で高揚するというのも普遍的な感情で分かりやすい。

この人にまるまる一話尺が使えるようになったのも連載延期のおかげだろう。
そう考えると、26巻で完結するより遥かに完成度が上がったんだろうなと思う。

知らんかったけど、この人の孫がフランス首相になったり、更にその孫が
ノーベル賞科学者になったりしてるんだそうだ。才人の家系だなあ。

それからレカミエ夫人は初登場か。
詳しく知らなかったけど、調べたらリュシアン・ボナパルトにめっちゃ
口説かれてたと出てきて笑った。
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そしてフーシェの追放。いい表情だ。

前の奥さんの墓に「もう来ない」と言うシーンとか、追放者リストを嬉々として作るシーンとか、
微妙に俺の中にあるフーシェ像とズレを感じたりしたが、それは俺の中にあるフーシェ像が
「情念戦争」ベースなせいかも知れない。

あと、いろんな本を読むと「タレーランとフーシェは不倶戴天の敵」みたいな
表現がたくさん見られるんだけど、二人とも具体的にアイツのあそこが嫌いと
わざわざ言うタイプでもないので関係性が良くわからないトコはある。

そのため、なんとなく「パリピと陰キャ」みたいな分かりやすい
「生理的に受け付けない者同士の対立構造」を連想してしまう。
実際はそんな単純化するようなもんじゃないんだろうけど。

それにしても長谷川先生の言う通り、「やつの首をひねってやったよ」は
タレーランらしからぬ直截な言い振りだなって思う。

よっぽど目の上のタンコブ的だったのかも知れないが、でもタレーランが
そこまでフーシェを毛嫌いする要因ってやっぱ良く分からない。
ジャコバンが嫌いとかあったんだっけ?

そして「最強童貞を返り討ちにした俺が最弱処女にしてやられる」という
話のまとめ方はメチャクチャではあるが、一話でフーシェの凋落を描くには
端的で分かりやすいいい落とし所ではあるか。

結局、誰よりも保身に長けた陰険な策謀家フーシェにトドメを刺すのが
女の情念というのは、さもありなんって感じがする。
まあマリー・テレーズさんも白色テロに関与してたりして結構やべえ女なんだけど。

■まとめ

25巻の感想で「ネイ・ミュラ・ダヴー・スルト・フーシェ・タレーランあたりの
主要キャラのその後も合わせて描かれたら嬉しいな~」と書いたが、
たっぷり尺を使って描写されていて非常にテンションが上がった。

ネイやミュラは処刑シーンだけでなく、それに対する周囲の反応まで
キッチリ描いていて嬉しかったな……。大変おもしろかったです。

さすがに27巻で完結になるだろうけど、何を描くんだろう。
シンプルにナポレオン本人の死をラストに持ってくる感じになるのかな。

セントヘレナは、エルバ島に比べて本当に「流刑地」って感じらしいのだが、
本巻だけだとまだそんなに分からない。
次巻でディティールが描かれるだろうなあ。とても楽しみである。
ハドソン・ロウとか出てくるのかしら。いやまあ、出てこないワケねえか。