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半年ぶり、待望のナポレオン新刊が出たので感想書いていきます。
これでついにラストか……! 人生の楽しみがなくなっちまう……!

最終巻の表紙、もっと落ち着いたムードのが来るかと思ったら、
なんかバリバリ戦場で指揮をとっているかの如きナポさんである。
これは読むと意味合いが分かってくる。

それでは感想書いていきます(前巻の感想はこちらからです)。
よろしくどうぞ。

■ナポレオンの夢
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SNSでネットミームにもされた有名なアウステルリッツのシーンが冒頭登場する。
最後の巻頭カラーでここを拾うとは思わなかったな。

まあでも、本作においてアウステルリッツは特別な意味合いがあるのは確か。
そもそも物語冒頭からしてそこからだもんな。

ナポレオンの特異性というか、兵士を愛し、彼らからも慕われるが、それはそれとして
彼らの死に何の痛痒も感じない象徴的なセリフである。

といってもナポレオンだけが異常というわけでもなく、イチイチ兵士や民の死に
心を痛めてるようじゃ王だの皇帝だのにはなれないというか、
統治者は非人間的にならざるを得ないというか……。
かといってスターリンみたいな肉挽き器になるのも問題だけど。

■ハドソン・ロウとセント=ヘレナ島
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出てこないワケはないと思ったが、やはり出てきたハドソン・ロウ。
ナポレオンと同い年で、同じく軍人ではあるが、相容れる余地のまったくない二人。

正直、この人の為人がどういうもんだったのかは書籍とかあんま読んだことないので
通り一遍の印象しかない。「ナポレオンをいじめる陰気な獄吏」というイメージ。

本作では、さすが長谷川先生というか、一面的には描かない。
この人なりの悲哀や小物ながらの考えも描かれる。
というか結構ナポレオンが挑発的というか最初っからガッツリ喧嘩腰で、
同じ軍人とはまったく認めず「獄卒」と見下す姿は傲岸ですらある。

ハドソン・ロウはあんま肖像画とか無いイメージだけど、斜視やハゲは
史料があったりするんだろうか。どうあれ顔が原因で嫌われたことは確からしいが。

「ウェリントンに主計長クビにされた」という話は初めて知った。
どうあれ仕事デキる男ではなかったんだろうなあ。

ロウ達相手に銃を構えるナポレオンは、久々に活き活きとしてて読んでて嬉しかったな。
「お前は男だ」がまた聞けたのもグッと来た。

セントヘレナ島には「高温多湿でネズミだらけの地獄の流刑島」みたいなイメージ持ってたので、
児玉氏のコラム読んでひっくり返った。え、全然大したことないんじゃん。
大なり小なりこういう「ナポレオン伝説」に200年後の人間である俺も踊らされてたんだなあ。

「空がつながっている」という言葉、本作でたまに出てくる印象的なフレーズだ。詩的で好き。
作中、口にしたのがサドとデジレとナポレオンというのがまたなんとも。

■フーシェの落魄

メッテルニヒからも冷淡に応じられ、落ちぶれていく経緯はしっかりと描かれるが、
なんだかんだ若い嫁さんからも愛されており、救いがないわけでもないフーシェの晩年。
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この「仲間はずれにされているが、誰かから話しかけられると嬉しそうにする」という
生々しいディティールの軽蔑されっぷりは悲しくなるな……。
陰謀を、仕事を、人生の生き甲斐とした男はそのすべてを奪われたわけだ。

トリエステでナポレオンの親族に再開するところがちゃんと描かれてて良かった。
ジェロームも来るかなと思ったが、アイツ出てきたところでだからなんだって話か。

神に許されたと言いながら、人生をかけて溜め込んだ保身のための情報を燃やす姿は、
「心の平穏」とは程遠い何かを感じさせるものがある。

フーシェの死をどう描くのかな~と思っていたが、まさかここにきて
ガッツリ本作オリジナル要素が組み込まれてきてビックリしてしまった。
ここしばらく史実をしっかりなぞる展開が多かったので、ここにきてこう来るか! と。

まあ確かに「信仰に心の平穏を見出し、家族に見守られ静かに死ぬ」という描写だと、
趣はあるかも知れないがマンガとしては映えないので、この死に様は良かったな。
ただ、死に直面したときのセリフや反応も見たかったかも。

本作のフーシェ、本当に人間味あふれていて魅力たっぷりでありつつ、
ちゃんと「悪役」でもあって最初から最後まで素晴らしかったなー……。

■オージュローとマッセナの最後

前巻のあのシーンが最後の登場かと思ったけど、ちゃんと二人とも
キッチリ死に様が描かれた。これは1冊分連載が伸びたおかげかも知れないなー。

前巻の感想で「ネイの死後一年で死ぬんだから老けすぎじゃね?」って書いたけど、
まあ年齢も年齢だし別に問題なかった。

オージュローは晩年の立ち回りがだいぶダサいのだが、
「日和見しすぎちゃった」と身も蓋もない自省をしていて笑ってしまった。
一本筋通ってそうでいて、実は相当なコウモリでもあるんだよなコイツ。

本作では「乳毛キャラ」という良く分からない新鮮なキャラクターを与えられていたが、
でもこうでもしないとキャラ薄い人になってたかも知れない。
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マッセナの最後は、なんかネット上で調べたくらいだと良く分かんなかったので、
ここでディティールが描かれたの嬉しかったな。ていうか、病死じゃないのかマッセナ。
プロスペロー君がまた見れるとは思わなかったぜ。

どっちも実に味わいのある死にざまでグッときたな……。

■ナポレオンの死

セントヘレナにまでサン=ジュストがおっかけてくるマンガもそうそうねえよな。

フランス革命から生き延びてはいる描写はあったけど、ストーリーに関与するとは
まったく思ってなかったのでこれも衝撃だった。まさかちゃんとナポレオンと対面するとは。
ストーリー上の宿題をちゃんと片付けて物語を締めようという強い意志を感じて興奮した。

いやまあ、確かに考えてみりゃ、ここで動かないならサンジュストを
なんのために生存させたのか分かんないもんな。
ちょっとくらいナポレオンとの対話シーンも欲しかったが、そんな尺が無いのも分かるし、
いまさら何を語るんだって話か。

そしてそのサンジュストを止めるのは……お前かよ!
まさか最終巻でもスーパービクトルスナイプ見るとは思わなかったぜ。
「狙撃する狂言回し」という独特の立ち位置は最初から一貫してるよな。

ナポレオンの死因については、本作は普通に胃がん説かな。

これはまあ、ここで変に捻られても困るとこだろうし、なにより本作の描写だと
「重いストレスに耐え続ける生活で胃がんになった」という理屈に強い説得力がある。
「死は夢のない眠り」というフレーズの原典はシェイクスピアだろうか。

非常に有名な「遺言」がベルトランの偽装として処理されたのはちょっとビックリしたが、
あの遺言ありきだと逝去シーンが読者にも想像できるありきたりなものになってたと思うので
コレは素晴らしいアレンジだと思った。

ナポレオンの死を知ったタレイランの「事件ではなくトピック」というくだりも描かれる。
かつての主を冷淡に切り捨てた変節の政治家らしい非情な一言……のようにも見えるが、
別の角度から見ると実に味わい深いエピソードでもある。

■ラス=カーズの戦い
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最後の最後、「戦場」でナポレオンに選ばれたのは……ラス=カーズであった。
このタイミングについて話すシーン、あくまでも勝利のための「戦い」として
考えているナポレオンがとてもいいな……。彼の人生、全部戦いだもんな。

各登場人物の後日談が拾われていくのと同時に、ナポレオンの死後、
「ナポレオン伝説」が生み出され、それがやがて神話となり歴史を変えていく様が描かれる。
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ネットでちょっと検索した程度だと何も情報が出てこないが、
マルボさんは本作ではめちゃくちゃフィーチャーされたよなあ。

他にも、かつてナポレオンから「俺の伝説の一部」と称されたあの酒場の店主だったり、
市長になったダヴーだったり、ウディノだったりのその後が見れて良かった。

ダヴーは最後まで心の裡を語らず、変わらぬ邪悪な人相のままではあったけど
それだけに内面を忖度するとグッと来るものがある。
ウディノは「皇帝が俺を褒めてる」と言ってたが、割と皇帝からの評価低いんだよなこの人。

そしてタレーランの最後。
最後の最後までカッコいいなホントに。

俺はタレーランの「遺言」、「情念戦争」を読んで初めて知ったんだけど
最後の最後にこんなガッツリ感謝述べるって実はナポレオンにめちゃくちゃ
思い入れあったんだなってビックリしたんだよな。

タレーランの回顧録でも色々書かれてたみたいだけど、文句も死ぬほどありつつ
ナポレオンにどうしようもなく惹かれていた人物でもあったんだろうなーと。

■ナポレオンの帰還
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ナポさんの遺骨がフランスに帰って来るシーンは掛け値なしの名シーン。
ジジイになったスルト・ウディノ・グルーシ・カンブロンヌのやりとりは
哀愁と同時に「後日談」としての面白さに満ちていて実にいい。
マクドナルド死んでるのはちょっと笑ってしまったが史実だからしょうがない。
(ジジイになったマクドナルドは以前の巻で描写されてるし)

「これでやっと」「死ねるなあ」は本当に泣けるやりとり。
本作においては全般的においしいポジションだったスルトだが、最後もキッチリしめてくれた。
ひっそりルスタム・レザが居るのもいい。ナポレオン目線では裏切り者だったらしいが……。

あと最終巻でも「大陸軍が地上最強」が聞けたのは嬉しかったな。
もう聞けないと思っていたので。

で、このあと最終話って何を書くんだろうと思ったんだが……。

■最終話

ハドソン・ロウの末路と、マルモンとの対話。

この人はなんか、悪人というか不器用な小物って感じで気の毒さすら漂うが、
まあナポレオンの健康を害した一因はこの人の狭量さにあるのも間違いない。

惨めな後半生になりそうなマルモンについても、ある種の「救い」が描かれていて
長谷川先生の優しさと、通り一遍の描写にしない作家の誇りを感じたなー。
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そして最後のシークエンス。
どういう風にシメるのかなって思ってたんだけど、ここでロディの橋が来るとはな……。

万感の最終回ではあるが、こみ上げた涙がひっこむような
この作品らしい強烈な「勢い」が最後の最後に爆発してて大興奮してしまった。
70代になったビクトルとマルモンの殴り合いで終わるとは思いもしなかったよ。

マルモンがかつての戦場を回ったというのは史実らしいんだけど、
それにしてもすげえ終わり方だ。
でも確かに、この作品に湿っぽい終わり方は似合わない。

ロシア遠征のころに「覇道進撃ってタイトル内容にそぐわないのでは?」なんて
ちょっと思ったんだけど、それは思い違いだったなって今は思う。

ただ史実をなぞるのではなく、最後「物語」として終わった感じがする。

■まとめ

本作について、古参ぶった感想書いてきたけど、実は俺はそこまで
「古くからの読者」というわけでもなくて、確か2015年だか2016年くらいから
読み始めたような気がする。単行本も正式に買い集めた段階で13巻とかまで出てたな。

そこから9年、ずっと新刊を楽しみにし続けてきた。
多くの本を電子書籍で買うようになっても、本作については全部紙で買い揃えた。
寝しなに何度も読み返すだろうと思ったからだ。

本作により知らなかったいろんな知見も得られたが、そんなことよりも
とにかく娯楽性が高い戦記漫画として最高の傑作だったと思う。
俺の中で、ヒストリエやセンゴクや蒼天航路とかに並ぶ「大好きマンガ」棚に入る。

もう新刊が読めないことで「生活の楽しみがひとつ失われた」と感じるほど。

長谷川先生も御年61とのことであるが、新作が読めると嬉しいなあ。
長きに渡る連載、本当にお疲れ様でした。