あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

上の写真は12月18日に食べたステーキなので、年始どころか年末にも関係ないです。
ただの余り写真。
いつもは200g頼むんだけど、このとき久しぶりだったのとボーッとしてたのが相まって、
頼み間違ってしまって、あんまお腹空いてないのに400gはキツいな……と結構後悔しました。
そもそもなんでお腹空いてないのにステーキ屋に入ったんだよ。
てなわけで年末年始、帰省関連でのエピソードと写真を残します。
よろしくお願いします。

東北新幹線のキップ。
年末年始だと、もう速攻で押さえないと取れない可能性があるので、
えきねっとで11月下旬に予約を入れて11月末に発行した。
最速注文が奏功して、廊下側の座席をキープ出来ました。
俺にとって東北新幹線は窓際に座るメリットが全然ない(車窓を見ないので)のだ。
未だに紙のキップ使ってるのもちょっと恥ずかしさがあるのだが、一度スマホでやろうとして
ミスったのがトラウマになっている。ミスると手間が甚大なのでなかなか切り替えられない。
こういう技術的乗り遅れ、我ながらクソジジイ感がするぜ。

12月29日(月)の朝、ちょっとうろ覚えだが、確か7時に起きてお茶漬けを食べ便をして、
8時20分には東京に着いたんだと思う。
新幹線は9時8分なので微妙に時間が空いた。人でごった返す東京駅改札内では
一服もままならないので、比較的人の少ない日本橋口方面に向かい改札をくぐる。

一回外に出た。一気に人口密度が下がりホッとする。
仕事の絡みでしょっちゅう通る場所なので居心地も悪くない。
どうでもいいけど、ここのすぐ横にUNISON SQUARE GARDENの
「シュガーソングとビターステップ」のMVに映ってる場所があるんだよな。

何気なく周辺を撮影する。雲はあるが、割といい天気だ。
ただ、家を出る前に便をしてきたにも関わらず、追い便意が来てしまった。
追い便意を無視して新幹線に乗るのは下の下策である。追い便意ってなんだよ。
幸いまだ時間はあるので、すぐそばにある丸の内トラストタワーのトイレを借りる。
オフィスビルなので超綺麗でウォシュレットも当然あり、人も多くない最高の便環境。
うっとりしながら便してたら、まあまあ時間が経っており「あれこれ急いで戻らないと危なくね?」
という感じになってきていたので早歩きで新幹線へ。

新幹線移動はいつも通り。
まあ、隣でいきなり肉肉しい弁当を食べだす中年女性とか、切符と違う新幹線に間違えて
乗っちゃったようで他の乗客と微妙にトラブルになって車掌さんだか警備員さんだかに
移動するよう言われてもヘラヘラと笑いながら「困ったわあ~」「次の仙台で降りますから」
「立ったままもちょっとね~?」とゴネ倒して空いだ席に座り続ける迷惑ばあさんとか、
ミニエピソードは発生しましたが、まあそれくらい。
やや寝不足だったこともあってか、新幹線内ではウトウトする時間が結構あって
割とアッサリ到着しました。12時八戸着。

意外に人が多い八戸駅で謎のメニューに出迎えられる。
あんまり食べたくならないというか、率直に言うとゲテモノ感があるが、意外と
マリアージュが発生したりするのだろうか。

構内をフラフラ歩くが、八戸駅は暖房が待合室以外に入っておらずほぼ外の気温なので
尋常じゃなく寒い。風がないだけマシという程度。ヘタすると風もちょっとある。
「あなたが選ぶ『八戸の漢字一文字』」ということで「海」「食」「朳」がならんでいた。
なんでこの三文字なのかとか、そもそも一文字を三つ選ぶのかよとか、朳って何? とか
色々思うことはあるが、まあ何かしら企画をするのはいいことだろう。
調べたら「朳(えぶり)」は農具らしく、えんぶり祭りの語源とかそういうことなのかな?

とりあえず腹ごしらえが必要……ではあるんですが、八戸で外食するのは
中心街までいかないと難しいので、駅ビルにあるレストランで食事。
いか飯とせんべい汁のセット。
少食気味の俺でも、品物が出てきた瞬間に「すっくな!」と心のなかで叫ぶほど少なかった。
外食で量の少なさに不満を感じたの、ここ数年で初めてかも知れない。
そして2000円。地元で観光地価格を食らう男。そして味も普通。
悪く言い過ぎたが、注文がタブレットなのは良いですね。
少なくともコンビニで買ったチキンとおにぎりをパチンコ屋の駐車場でモソモソ食べた
去年の帰省よりはだいぶマシだったと思う。

フラフラと散歩をする。
なんかこういう、地方の寂れたスナック街って興趣があって好き。
一回も入ったことないし、正直入りたいと思うことはないけど、スナックって
特有の味わいがあるよなーと思う。

歩道橋の上を歩いていたら、遠くに道路が見えた。
あとで大通りと接続されたりすんのかな? と思ったけど、google map見る限り
そんなことも無さそうだ。
引き続き大通り沿いをぼんやりと歩いていく。雪がないのはいいが、風が強い。
この「寒さで耳が痛い」というこの感覚は関東だとなかなか味わえない。

「震災伝承施設」なる言葉に目が止まった。
当たり前だが、今の子供達……というか、高校生ですら東日本大震災がもう
「生まれる前の出来事」になっているのだ。
語り伝えることは大事だな、と思いつつも、やはり体験していないことを理解するのは
限界があるとも感じる。俺だって戦争のことは体感的にはわからないわけだし。
というか、ガキの頃「生まれる前の話なんかされても知らねーよ」って思ってた気がする。
……しかし、東日本大震災ってもう15年前なのか。ついこないだのことのような感覚がある。
当時の日記マンガにリンクを張っておこう。

中心街にマンションが経っていて驚いた。ディオヒルズ八戸。
ここには大昔にデパートがあり、やがて映画館になり、そしてマンションになるわけか。
商業施設と違い、地元にクソデカ分譲マンションが建っても特にメリットはないが……。
検索したら販売価格4000万だそうです。安ゥイ!
ちゃんと入居者を見込んでるのか、或いは不動産関連のなんかしらの思惑があるのか、
まあ良く分からんが、地元が活性化してくれるといいですね。

「ユートピア」という名称に、えもいわれぬ虚無感を惹起されてしまい、
つい若者の就労支援をしている施設を撮影する。
そもそも「若者」の絶対数が少ないだろうなあ、八戸は……。
といっても山奥の村みたいな自治体よりかはだいぶマシなんだろうけど。

14時過ぎ。
強風のなか二時間近くフラフラ歩いてグッタリ疲れたが、そのままの状態で
実家に飛び込むのも(堂本剛の)正直しんどいので、タリーズに飛び込む。
本当はバスクチーズケーキみたいの食べたい気持ちがあったのだが、クッキーにしておく。
クッキーの袋に「266kcal」という表記があって内心「ポォウ!」と思ったが、
甘くて美味しかったです。冷えて疲れた体にホットのカフェラテが染みわたる。
しばらくボンヤリとくつろぎました。

八戸中心街あたりは、駅前以上に味わい深い路地と居酒屋が並ぶ。
「洋酒喫茶」とかいい響きだなあ。
そういや20年以上前だけど、「プロレスパブ」なる店で飲んだことがあるんだよな。
一緒に飲みに行った友達二人ともすっかり疎遠になったし、そのパブの場所ももう分からない。
ただパブの主人に「人生やりたいことをやらねば」みたいな話をされた記憶がある。
あの主人、もう亡くなってるだろうか。
当時は「当たり前じゃん」とすら思ってたんだが、40代なかばになった今、しみじみと
「やりたいことを見失って、何もできないまま老いてしまった」と思う。

路地写真パートツー。
この辺で兄貴とサシ飲みした記憶がある。
兄貴はかなりの下戸かつ、そもそも酒が好きでないので非常に珍しく嬉しい機会だった。
もう7~8年前になるだろうか。バナナ梅酒をガブガブ飲んだ。
弟は下戸ではないが酒を飲まないので、兄弟で俺だけ日常的に飲酒しているんだなー。

これは路地とか酒場というより、古びた建物萌えで撮影。
古い配管・配線と壁の色合いに侘び寂びがある。
廃墟萌えに近い感覚というか。廃墟じゃないのに失礼だけど。
えー、というわけで帰省時の八戸写真はこんなところ。
この後、12月29~1月3日にかけて実家におりました。
以下、写真はほぼないけど実家での出来事箇条書き。
・去年末、母の介助で腰を痛めた反省から腰ベルトを買って帰ったが結構役立った。
とはいえちゃんと腰は軽く痛めたが、今回覚悟をして帰ったのでそこまでつらくない。
結局、「覚悟」ができていれば耐えられる。ジョジョの考え方。
・その結果、母のトイレ介助とベッドからの寝かせ、起こしが出来るようになった。
だいぶ介助覚えたぜ! と思ったが、冷静に考えるともっと前からやっとけという話だ。
・父も相当に体調を崩しており両親共に心配は心配である。
特に最終日、心拍数が相当落ちてメチャクチャ不安だった。
「こういう不安なときこそ冷静に立ち回れ」と自分に言い聞かせていたが、普段なら絶対に
踏み外さない階段を一段踏み外してしまったりして、ちゃんと動揺していた。
・思っていたより兄弟と雑談する時間が取れた。いつも「はじめの一歩」トークをするのだが、
今年はあんまり話すことが無かった(千堂VSリカルド戦が全然進んでないので)。
・兄貴のswitchで「超魔界村」や「パイロッドウイングス」なんかを触って地味に楽しかった。
「パネルでポン」を生まれて初めてやって、その難しさに愕然とした。

実家メシの写真が一枚だけあった。
バカみてえに牡蠣と蟹が入った鍋と、バカみてえに大量の刺し身。
尿酸値に不安はないので牡蠣は遠慮なくバカバカ食べました。
写真の刺し身は二日目のものなので色がちょっと悪いが、数万円分のトロやホタテが舞い踊り。
せんべい汁と魚介類を食べるときは青森に生まれて良かったと思います。
普段より魚介と野菜をタップリ摂取出来てとても有り難かった。

ほんで1月3日。リターン・オブ・ザ・カワサキ(バイオレンスシティ)。
朝6時に起きて、なんやかやあって9時の新幹線に乗る。
ホームで待つのはほんの10分程度だったが、それでもスマホいじってる手先がかじかむ。
やはり北国の寒さはえげつない。

なんとなく新幹線内の写真を撮ったり。
東北新幹線乗ると、トランヴェール読むのが地味な楽しみだったりしますね。
こういう無料冊子、特有の良さがある。旅してる感が速攻で味わえるのがいい。
車内は当然ながら混み合っており子供の甲高い嬌声も多かったが、眠くなかったので
余り問題はなかった。センゴク天正記読み返したりしてたら12時に東京着。

川崎着いて、ふと「昼飯サイゼがいいか」と思ってすぐ飛び込んだ。
混むかと思ったが幸いスッと入れた。
最初にコーンスープ飲んで胃を起こすのが嗜み。
ただなんか今回メチャクチャぬるかった。客多かったしバタバタしてたんだろうか。

そしてアロスティチーニとガーリックフォカッチャとチキンステーキという欲望のまま
頼んだメニューをガツガツ食らって腹を満たす。美味しかったです。
オッサンの食事として野菜がなさすぎる。
えー、という感じで年末年始日記はこんなところでしょうか。
最後に新年の抱負……ってほどのものじゃないですが、2026年どうしたいかを書いておこう。
まず、本格的に「待ったナシ」というか、自分でも思った以上に自分は老いており、
更にこれからどんどん老いていく、という厳正なる事実があるんですが、
それに絶望してメソメソと「どうせ最後は死ぬ」「人生に意味はなく命に価値はない」的な
ペシミズムで自分を慰めるのはもうヤメにせんといかん。
20代の若者ならまだしも、40代半ばでそこに立ち止まってるの余りに幼稚過ぎる。
悟った風の弱音でしかない。「本気でそう思ってるなら今日死ねよ」って話だ。
端的に、俺は「自分を大事にし過ぎている」な、と今更ながらに思いました。
自分の人生を、自分のためだけに、自分を愛し慰めるためだけに使い続けてきて、
人から与えられた恩も愛もブラックホールみたいに吸い込んで食い潰している。
改めて、このままじゃアカン、と。
俺は自分を客観的に見れてるぜと思いながら、ちゃんとガッツリ歪んでおり、
矯正をしなくてはいけない、と思います。
今年はそれを少しでも出来れば……出来ればと言うかしなくてはいけない。
まあ、こういう強い気持ちが数カ月すると霧散することも分かっているので、
あまり肩肘張りすぎるのではなく、でも口だけに終わらせないようにもしないと。
こうやってブログに書くだけなら簡単なので。行動を変えないとなんも変わらん。
ある意味、とても身のある帰省だったような気がします。今年も頑張ろう。
本年もよろしくお願いします。

上の写真は12月18日に食べたステーキなので、年始どころか年末にも関係ないです。
ただの余り写真。
いつもは200g頼むんだけど、このとき久しぶりだったのとボーッとしてたのが相まって、
頼み間違ってしまって、あんまお腹空いてないのに400gはキツいな……と結構後悔しました。
そもそもなんでお腹空いてないのにステーキ屋に入ったんだよ。
てなわけで年末年始、帰省関連でのエピソードと写真を残します。
よろしくお願いします。

東北新幹線のキップ。
年末年始だと、もう速攻で押さえないと取れない可能性があるので、
えきねっとで11月下旬に予約を入れて11月末に発行した。
最速注文が奏功して、廊下側の座席をキープ出来ました。
俺にとって東北新幹線は窓際に座るメリットが全然ない(車窓を見ないので)のだ。
未だに紙のキップ使ってるのもちょっと恥ずかしさがあるのだが、一度スマホでやろうとして
ミスったのがトラウマになっている。ミスると手間が甚大なのでなかなか切り替えられない。
こういう技術的乗り遅れ、我ながらクソジジイ感がするぜ。

12月29日(月)の朝、ちょっとうろ覚えだが、確か7時に起きてお茶漬けを食べ便をして、
8時20分には東京に着いたんだと思う。
新幹線は9時8分なので微妙に時間が空いた。人でごった返す東京駅改札内では
一服もままならないので、比較的人の少ない日本橋口方面に向かい改札をくぐる。

一回外に出た。一気に人口密度が下がりホッとする。
仕事の絡みでしょっちゅう通る場所なので居心地も悪くない。
どうでもいいけど、ここのすぐ横にUNISON SQUARE GARDENの
「シュガーソングとビターステップ」のMVに映ってる場所があるんだよな。

何気なく周辺を撮影する。雲はあるが、割といい天気だ。
ただ、家を出る前に便をしてきたにも関わらず、追い便意が来てしまった。
追い便意を無視して新幹線に乗るのは下の下策である。追い便意ってなんだよ。
幸いまだ時間はあるので、すぐそばにある丸の内トラストタワーのトイレを借りる。
オフィスビルなので超綺麗でウォシュレットも当然あり、人も多くない最高の便環境。
うっとりしながら便してたら、まあまあ時間が経っており「あれこれ急いで戻らないと危なくね?」
という感じになってきていたので早歩きで新幹線へ。

新幹線移動はいつも通り。
まあ、隣でいきなり肉肉しい弁当を食べだす中年女性とか、切符と違う新幹線に間違えて
乗っちゃったようで他の乗客と微妙にトラブルになって車掌さんだか警備員さんだかに
移動するよう言われてもヘラヘラと笑いながら「困ったわあ~」「次の仙台で降りますから」
「立ったままもちょっとね~?」とゴネ倒して空いだ席に座り続ける迷惑ばあさんとか、
ミニエピソードは発生しましたが、まあそれくらい。
やや寝不足だったこともあってか、新幹線内ではウトウトする時間が結構あって
割とアッサリ到着しました。12時八戸着。

意外に人が多い八戸駅で謎のメニューに出迎えられる。
あんまり食べたくならないというか、率直に言うとゲテモノ感があるが、意外と
マリアージュが発生したりするのだろうか。

構内をフラフラ歩くが、八戸駅は暖房が待合室以外に入っておらずほぼ外の気温なので
尋常じゃなく寒い。風がないだけマシという程度。ヘタすると風もちょっとある。
「あなたが選ぶ『八戸の漢字一文字』」ということで「海」「食」「朳」がならんでいた。
なんでこの三文字なのかとか、そもそも一文字を三つ選ぶのかよとか、朳って何? とか
色々思うことはあるが、まあ何かしら企画をするのはいいことだろう。
調べたら「朳(えぶり)」は農具らしく、えんぶり祭りの語源とかそういうことなのかな?

とりあえず腹ごしらえが必要……ではあるんですが、八戸で外食するのは
中心街までいかないと難しいので、駅ビルにあるレストランで食事。
いか飯とせんべい汁のセット。
少食気味の俺でも、品物が出てきた瞬間に「すっくな!」と心のなかで叫ぶほど少なかった。
外食で量の少なさに不満を感じたの、ここ数年で初めてかも知れない。
そして2000円。地元で観光地価格を食らう男。そして味も普通。
悪く言い過ぎたが、注文がタブレットなのは良いですね。
少なくともコンビニで買ったチキンとおにぎりをパチンコ屋の駐車場でモソモソ食べた
去年の帰省よりはだいぶマシだったと思う。

フラフラと散歩をする。
なんかこういう、地方の寂れたスナック街って興趣があって好き。
一回も入ったことないし、正直入りたいと思うことはないけど、スナックって
特有の味わいがあるよなーと思う。

歩道橋の上を歩いていたら、遠くに道路が見えた。
あとで大通りと接続されたりすんのかな? と思ったけど、google map見る限り
そんなことも無さそうだ。
引き続き大通り沿いをぼんやりと歩いていく。雪がないのはいいが、風が強い。
この「寒さで耳が痛い」というこの感覚は関東だとなかなか味わえない。

「震災伝承施設」なる言葉に目が止まった。
当たり前だが、今の子供達……というか、高校生ですら東日本大震災がもう
「生まれる前の出来事」になっているのだ。
語り伝えることは大事だな、と思いつつも、やはり体験していないことを理解するのは
限界があるとも感じる。俺だって戦争のことは体感的にはわからないわけだし。
というか、ガキの頃「生まれる前の話なんかされても知らねーよ」って思ってた気がする。
……しかし、東日本大震災ってもう15年前なのか。ついこないだのことのような感覚がある。
当時の日記マンガにリンクを張っておこう。

中心街にマンションが経っていて驚いた。ディオヒルズ八戸。
ここには大昔にデパートがあり、やがて映画館になり、そしてマンションになるわけか。
商業施設と違い、地元にクソデカ分譲マンションが建っても特にメリットはないが……。
検索したら販売価格4000万だそうです。安ゥイ!
ちゃんと入居者を見込んでるのか、或いは不動産関連のなんかしらの思惑があるのか、
まあ良く分からんが、地元が活性化してくれるといいですね。

「ユートピア」という名称に、えもいわれぬ虚無感を惹起されてしまい、
つい若者の就労支援をしている施設を撮影する。
そもそも「若者」の絶対数が少ないだろうなあ、八戸は……。
といっても山奥の村みたいな自治体よりかはだいぶマシなんだろうけど。

14時過ぎ。
強風のなか二時間近くフラフラ歩いてグッタリ疲れたが、そのままの状態で
実家に飛び込むのも(堂本剛の)正直しんどいので、タリーズに飛び込む。
本当はバスクチーズケーキみたいの食べたい気持ちがあったのだが、クッキーにしておく。
クッキーの袋に「266kcal」という表記があって内心「ポォウ!」と思ったが、
甘くて美味しかったです。冷えて疲れた体にホットのカフェラテが染みわたる。
しばらくボンヤリとくつろぎました。

八戸中心街あたりは、駅前以上に味わい深い路地と居酒屋が並ぶ。
「洋酒喫茶」とかいい響きだなあ。
そういや20年以上前だけど、「プロレスパブ」なる店で飲んだことがあるんだよな。
一緒に飲みに行った友達二人ともすっかり疎遠になったし、そのパブの場所ももう分からない。
ただパブの主人に「人生やりたいことをやらねば」みたいな話をされた記憶がある。
あの主人、もう亡くなってるだろうか。
当時は「当たり前じゃん」とすら思ってたんだが、40代なかばになった今、しみじみと
「やりたいことを見失って、何もできないまま老いてしまった」と思う。

路地写真パートツー。
この辺で兄貴とサシ飲みした記憶がある。
兄貴はかなりの下戸かつ、そもそも酒が好きでないので非常に珍しく嬉しい機会だった。
もう7~8年前になるだろうか。バナナ梅酒をガブガブ飲んだ。
弟は下戸ではないが酒を飲まないので、兄弟で俺だけ日常的に飲酒しているんだなー。

これは路地とか酒場というより、古びた建物萌えで撮影。
古い配管・配線と壁の色合いに侘び寂びがある。
廃墟萌えに近い感覚というか。廃墟じゃないのに失礼だけど。
えー、というわけで帰省時の八戸写真はこんなところ。
この後、12月29~1月3日にかけて実家におりました。
以下、写真はほぼないけど実家での出来事箇条書き。
・去年末、母の介助で腰を痛めた反省から腰ベルトを買って帰ったが結構役立った。
とはいえちゃんと腰は軽く痛めたが、今回覚悟をして帰ったのでそこまでつらくない。
結局、「覚悟」ができていれば耐えられる。ジョジョの考え方。
・その結果、母のトイレ介助とベッドからの寝かせ、起こしが出来るようになった。
だいぶ介助覚えたぜ! と思ったが、冷静に考えるともっと前からやっとけという話だ。
・父も相当に体調を崩しており両親共に心配は心配である。
特に最終日、心拍数が相当落ちてメチャクチャ不安だった。
「こういう不安なときこそ冷静に立ち回れ」と自分に言い聞かせていたが、普段なら絶対に
踏み外さない階段を一段踏み外してしまったりして、ちゃんと動揺していた。
・思っていたより兄弟と雑談する時間が取れた。いつも「はじめの一歩」トークをするのだが、
今年はあんまり話すことが無かった(千堂VSリカルド戦が全然進んでないので)。
・兄貴のswitchで「超魔界村」や「パイロッドウイングス」なんかを触って地味に楽しかった。
「パネルでポン」を生まれて初めてやって、その難しさに愕然とした。

実家メシの写真が一枚だけあった。
バカみてえに牡蠣と蟹が入った鍋と、バカみてえに大量の刺し身。
尿酸値に不安はないので牡蠣は遠慮なくバカバカ食べました。
写真の刺し身は二日目のものなので色がちょっと悪いが、数万円分のトロやホタテが舞い踊り。
せんべい汁と魚介類を食べるときは青森に生まれて良かったと思います。
普段より魚介と野菜をタップリ摂取出来てとても有り難かった。

ほんで1月3日。リターン・オブ・ザ・カワサキ(バイオレンスシティ)。
朝6時に起きて、なんやかやあって9時の新幹線に乗る。
ホームで待つのはほんの10分程度だったが、それでもスマホいじってる手先がかじかむ。
やはり北国の寒さはえげつない。

なんとなく新幹線内の写真を撮ったり。
東北新幹線乗ると、トランヴェール読むのが地味な楽しみだったりしますね。
こういう無料冊子、特有の良さがある。旅してる感が速攻で味わえるのがいい。
車内は当然ながら混み合っており子供の甲高い嬌声も多かったが、眠くなかったので
余り問題はなかった。センゴク天正記読み返したりしてたら12時に東京着。

川崎着いて、ふと「昼飯サイゼがいいか」と思ってすぐ飛び込んだ。
混むかと思ったが幸いスッと入れた。
最初にコーンスープ飲んで胃を起こすのが嗜み。
ただなんか今回メチャクチャぬるかった。客多かったしバタバタしてたんだろうか。

そしてアロスティチーニとガーリックフォカッチャとチキンステーキという欲望のまま
頼んだメニューをガツガツ食らって腹を満たす。美味しかったです。
オッサンの食事として野菜がなさすぎる。
えー、という感じで年末年始日記はこんなところでしょうか。
最後に新年の抱負……ってほどのものじゃないですが、2026年どうしたいかを書いておこう。
まず、本格的に「待ったナシ」というか、自分でも思った以上に自分は老いており、
更にこれからどんどん老いていく、という厳正なる事実があるんですが、
それに絶望してメソメソと「どうせ最後は死ぬ」「人生に意味はなく命に価値はない」的な
ペシミズムで自分を慰めるのはもうヤメにせんといかん。
20代の若者ならまだしも、40代半ばでそこに立ち止まってるの余りに幼稚過ぎる。
悟った風の弱音でしかない。「本気でそう思ってるなら今日死ねよ」って話だ。
端的に、俺は「自分を大事にし過ぎている」な、と今更ながらに思いました。
自分の人生を、自分のためだけに、自分を愛し慰めるためだけに使い続けてきて、
人から与えられた恩も愛もブラックホールみたいに吸い込んで食い潰している。
改めて、このままじゃアカン、と。
俺は自分を客観的に見れてるぜと思いながら、ちゃんとガッツリ歪んでおり、
矯正をしなくてはいけない、と思います。
今年はそれを少しでも出来れば……出来ればと言うかしなくてはいけない。
まあ、こういう強い気持ちが数カ月すると霧散することも分かっているので、
あまり肩肘張りすぎるのではなく、でも口だけに終わらせないようにもしないと。
こうやってブログに書くだけなら簡単なので。行動を変えないとなんも変わらん。
ある意味、とても身のある帰省だったような気がします。今年も頑張ろう。